ELEGANCE

すべてが美に通ずる道なら。|始めて半年の茶道のこと

昨日はお茶のお稽古へ。⁡

先生はこうおっしゃいます。

「お茶というのは、茶筅を振る時に『美味しくな〜れ』と祈るように心を込めること、大事なのはほんとはそれだけでございます」

「心さえこもっていたら、細かい作法なんてどうでもいいのであります」
と。


そしてそうおっしゃいつつも、腕の角度から肘の曲げ具合にはじまり、道具の置き場所は数ミリ・数センチ単位で、

「およそこれ以上細かく人間の動作を観察・指摘することはできないのでは」(と私には思える)ほどの指導をしてくださいます。笑


だけどこれが不思議なことに、ほんとう自分でも意外なほどに、心地よくて楽しいのですよね。


それは圧倒的に魅力的な先生のお人柄によるものが大きいと思うし、

⁡細やかに動作と手順が決まっていて「これを遂行することが今この瞬間自分にとって最も大事だ」という時のあの集中が、連れていってくれる一種の瞑想状態が心地よいのかも、と思っています。




お茶は堅苦しそう・お作法が厳しそう、というイメージを持つ方も多いと思いますが、確かに茶道は

「なぜわざわざこれをするのか」
「なぜこれはこの順番でしなければいけないのか」

という疑問に対して「合理的に」答えられないようなお作法で満ちているように思います。

(答えられる人も存在するのかもしれないけど?)


ただ…

頭で考えても理由がわからない決めごとたちも、「きっと美に通ずる道の一部なんだろう」という気がするから
⁡それに従うのが嫌じゃない、むしろ心地よいと感じるのかなと、なんとなくですが思います。


掛け軸も、お花も、花入も、茶器も、抹茶の緑も、季節の和菓子も、お湯を注ぐ音も…

お茶室のすべてが美しいもので構成されるこの時空間、自分もその美の一部として溶け込みたい。


そのためにはまず心を整えることであり、心が整った境地に至るためのお作法、自分も美の一部となるためのお作法なのかなと。。

まだ始めて半年、なんにもなんにもわかっていないけれど、これが現時点で私が感じていることです。